収入がないのにお金を借りる事はできるのだろうか?

お金がないからこそ、お金を借りたいという理由はごく当たり前のことです。
ではこれはどうでしょう?

目の前の店員さんにこの服をくれ、でも金はない。だから払えない。
無茶苦茶です。帰ってくださいと丁重にお断りされます。

無人の販売所で、この野菜がほしい、でもお金はない。しかし持って帰る。
これは犯罪です。

よく、スーパーで「うっかりお金を払わずに出てくる人」が取り立たされますが、
「後で払うつもりだった」と意思表示を意したとしてもだまって持って行けば万引きが成立してしまいます。

これと同レベルの話が無職でキャシングをしたいつまり、お金を借りたいということなのです。
随分大げさでショックかもしれません。

ただ、異なる点といえば犯罪をしていないだけです。

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運転免許の例え

手持ちがないからこそ、借りたい、ただ仕事に就いていないだけだという言い分は、
運転資格がないのに車を運転することと変わりがありません。

移動する手段がないから運転したい。でも免許は有りません。

これは、法律で罰せられる内容を告げているだけになります。

理由は、自分は運転技術に関しては問題なく持っている、あるいは又、
道路標識も知っているし交通に関するルールや法も自分で身につけてあるということが成立しないからです。

そうした自分だけが認めている「自称」の状態を正当化しても効力がないのです。

信頼につながる資格

誰もが認めているものではないものに、信憑性はありません。

安心ならない、信用におけない、その人にしかわからない、そして通用しない考えで押し進められては、
万が一の事故をどう処理するのかと解決できない事態を招くのです。

そもそも、事故を起こさないためのルールや法律、そして技術ですから、国で許可されれば安心です。
自信をもって運転できます。

それでも、事故を起こさないという保証までは絶対にされません。
護られるだけです。

免許という信頼のある資格に責任の値が定めれることで社会は安心するものなのです。

万が一資格を持っていない人が起こせばたちまち重大な問題になります。

事故自体重大なことですが、免許があればごく日常でおこる事故だけの場合、当事者間で解決されるべき問題となるでしょう。

しかし、一度持っていないと発覚すれば大きな社会問題に発展してしまいます。

誰が車を貸したのか、何故その人は借りたのか、どうやって技術を身につけたのか常習者か根掘り葉掘りしらべあげられます。

お金が無いのにキャッシングをする人は、事故を起こす前の信頼における資格を保有していない人であると判断される無免許者と同じ扱いを受けるわけです。

店の立場で考えてみる

消費物を提供する側にたって考えてみて下さい。

商品を売るスーパーや飲食を提供する店、電気、水道、ガス、電波を届ける業者はみなそうです。

貸金業ならば、お金という商品を貸す消費物提供者です。

その人達がお金を持っていない人に提供できることはありえないのです。

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借りるに値しているから借りられる

無職でキャシングをする場合、単にお金を借りるという行為だけならば、例えば極々ミニマムな世界、
社会問題にすら取り扱われない家族間や友人の間ではありえるでしょう。

しかし、ATMや、カードによる融資はありえないのです。

良くネットで「借りることができた」という記述をみます。

可能ならば、その成功者に確認して見ましょう。必ず根拠が隠れているものです。
何らかの形で、信頼における資格保持者であることがわかるはずです。

財産をもっているならば担保です。生命保険や、ローン積み立てなどで貯蓄があるのがそうです。
土地建物など不動産もしかりです。

無職はどこまで行ってもキャッシングできない

両親が働いていて、カードなども持っている場合は、収入源があり、支払い能力も見込まれます。

すべて資格ありと審査されることなのです。

全くそうした環境が無い場合にはそれでも、根拠がかならずあります。

しかし、その肝心な根拠がネット記述の中で無職を強調させられてしまっているがゆえに、
それがモザイク代わりとなりめえてこないのです。
まさに、無職のマジックです。

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無職のトリックにはだまされないように

トリックに決して惑わされないでください。
冷静に考えれば、あるいは、自分が人にお金を貸すときに何を根拠として貸すかわかるはずです。
今からお金を借りにいこうと、自転車にまたがった瞬間に、知らない人がその自転車貸してくださいと訳もなく言ってきたらあなたは喜んで貸しますか? 
すこしでも躊躇したらお金をかす人も躊躇しますよ。