楽天の三木谷浩史氏を語る上で、切り離すことが出来ないのが妻である晴子氏です。

起業する前からの付き合いであった晴子氏は、三木谷氏を支え続けていました。

では、そんな三木谷浩史氏と妻の晴子氏について、紹介していきたいと思います。

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1.日本興業銀行時代からの付き合いであった

三木谷浩史氏と妻の晴子氏の出会いは、就職先の職場でした。

まず、晴子氏は旧姓山下で、父親は農水省の官僚をしている人物でした。

晴子氏は東京都立の高校から、現役で上智大学に入学し、大学在学中にはアメリカへの留学も行っています。

大学卒業後は、三木谷浩史氏と同じく、日本興業銀行に入社しています。

三木谷氏は、社費でハーバード大学に留学しましたが、晴子氏はボストン大学に留学していました。

三木谷氏と晴子氏は、日本興業銀行のテニス部で知り合うことになります。

職場恋愛の末に結婚し、子供は長男が1人と言われています。

三木谷氏自身の家系がお金持ちであったことは知られていますが、実は晴子氏の家系にも素晴らしい人物は存在しています。

晴子氏の弟である山下雄司さんは、外食産業を手がけるグラナダを創業した人物なのです。

夫婦そろって高い学歴を持ち、家族も誇れる人物であることも、三木谷浩史氏が妻に晴子氏を選んだ理由なのかもしれません。

2.三木谷氏と妻の持ち株を合わせるとクリムゾングループの株式の過半数になる

三木谷浩史氏と妻の晴子氏が保有している楽天の株は、2人の分を合わせると過半数になるという時期もありました。

クリムゾングループや三木谷氏個人が保有するもの、妻の晴子氏が保有するものを見ると、グループ企業全体の50パーセント以上にも登ると言う時期があったのです。

株を持っていれば株主になれますが、全体の50パーセント以上の株を夫婦で保有していれば、実質的に三木谷氏1人で会社の方針を決めることができるようになってしまうのです。

株主にはそれぞれ、会社の方針を決める権利が与えられています。

ですが、半数以上の株を保有している三木谷氏が「こうする」と決めてしまえば、それに逆らうことは出来なくなってしまうのです。

万が一妻の晴子氏と意見が合わなくなってしまったら不可能ですが、夫婦の意見が一致しているときには、会社の先行きを決めることが出来るだけの株を保有していた、ということになります。

三木谷浩史氏と妻は、実質的な経営権を握っていたと言えるのです。
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3.TBSの買収問題のときには「一文無しになっても」という三木谷浩史氏を支えた

楽天がTBSの買収に乗り出したとき三木谷浩史氏は「無一文になっても」と言っていましたが、それを支えていたのは妻の晴子氏でした。

2000年に株式上場を果たした楽天は、2005年秋にTBSとの経営統合を目指していました。

ですが、実際にはTBSは楽天との統合を嫌がり抵抗し、結局は経営統合されることはありませんでした。

この間、三木谷氏はTBS株を買い続け、一時は40パーセントほどの株を所有していたこともあるという噂があります。

最終的に経営統合がなされないことでその株は売られることになりましたが、三木谷氏は株の買収を進めていく中で「無一文になっても」と言う言葉を残しています。

家族がいても全資産をかけてやると宣言していた三木谷氏を支えていたのは、やはり晴子氏なのです。

夫を支えることが出来て、尚且つ背中を押すことが出来る人物というのは、貴重なものです。

楽天にとって、そして三木谷浩史氏にとって、妻の存在は大きなものなのでしょう。

4.三木谷夫妻で所有している株の一部を売却して話題になった

昨年、三木谷夫妻は所有している株の3パーセント程度を売っていたことで話題となりました。

資産管理会社の持ち株をあわせると、楽天株の約4割程度を保有していた三木谷浩史氏とその妻。

楽天株の4割というのは、約5億株ともいわれていて、大株主でした。

ですが、2013年になって保有していた株のうち、およそ3パーセントにあたる約3600万株を売却していたのです。

楽天の株は、アベノミクス効果によって徐々に値上がりし、また、三木谷氏自身も政府の産業競争力会議に出席していたので、自社株は上がるという先見の明はあったことと思います。

株の売却については、上場企業のオーナーを対象とした、株式処分信託を利用しました。

オーナーが直接株式を売却するとインサイダー取引になってしまう可能性があるので、信託銀行が変わりに売るのです。

3パーセント分の株式を売った金額は、100億円とも言われています。

こうして、自社株を処分することで、三木谷浩史氏と妻は資産を増やすことに成功しました。

5.三木谷晴子氏はかつて、楽天市場のインタビューに答えていた

楽天の三木谷氏の妻である晴子氏は、楽天の創業メンバーの1人でもあります。

エム・ディー・エムが楽天市場をスタートしたのは、1997年のことでした。

わずか13店舗のみの出品で、インターネットが普及し始めた時代ですから、あまり利用者数も多くなかったのです。

また、そのころのインターネット上のショッピングモールはHTMLの知識が必要だったりと、プログラミングの知識が必要であり、簡単に出品や編集を行うことができませんでした。

そこで、広報を担当していた晴子氏は「情報は生ものだから、新鮮な情報を提供することが鍵になる」という視点から、顧客を増やしていきました。

そこで出来たのが、RMSシステムと呼ばれる、ワープロさえ出来れば誰でも編集が出来るシステムです。

過去のインタビューでは、「何でもあるショッピングモールにすること」が目標であると語っていた三木谷浩史氏の妻の晴子氏ですが、現在はその
夢も叶って、日本一大きなネットのショッピングモールと言えるのではないでしょうか。
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三木谷浩史氏と妻との関係「夫を億万長者にした妻の力」

三木谷浩史氏の妻である晴子氏は、楽天の創業から支えてきた人物です。
妻に支えられたからこそ、今の三木谷氏の地位があるのではないかと思います。
これからも、三木谷浩史氏と妻の2人で楽天を支えていってほしいですね。
1.日本興業銀行時代からの付き合いであった
2.三木谷氏と妻の持ち株を合わせるとクリムゾングループの株式の過半数になる
3.TBSの買収問題のときには「一文無しになっても」という三木谷浩史氏を支えた
4.三木谷夫妻で所有している株の一部を売却して話題になった
5.三木谷晴子氏はかつて、楽天市場のインタビューに答えていた