安定を求めるサラリーマンには彼の言葉の真意がわかりますか?

経営の神様と呼ばれた松下幸之助。
彼の名言集とも呼べる短編を集めた「道をひらく」は現在も売れ続け、多くの人のバイブルとなっています。

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仕事というものは

仕事というものは勝負である。一刻一瞬が勝負である。だがおたがいに、勝負する気迫をもって、日々の仕事をすすめているかどうか。

まず普通の仕事ならば、ちょっとした怠りや失敗があったとしても、別に命を失うというほどのことはない。それでも、ともかく日は暮れて、その日の仕事はまず終わる。だから、つい気がゆるむ。油断する。きょうはきのうのくりかえし、あすもまた同じで、別段とくに変わったこともなし。

しかし、これではいい知恵はうかばない。創意も生まれなければ、くふうも生まれない。そして何の緊張もないかわりに、何の喜びもないということになる。

平穏無事なときには、これでも日はすごせるが、しかしいつもそうはまいらない。わが国の情勢は、世界の動きとともに今や刻々と変わりつつある。一刻の油断もならぬ状態におかれている。このときにこそ、勝負する大勇気をもって仕事にあたらねば、それこそ真の繁栄は生まれないであろう。

仕事を勝負と心得る人と心得ない人とのちがいが、ハッキリとあらわれてくるときではなかろうか。

自分の仕事

どんな仕事でも、それが世の中に必要なればこそ成り立つので、世の中の人々が求めているのでなければ、その仕事は成り立つものではない。

人々が街で手軽に靴を磨きたいと思えばこそ、靴磨きの商売も成り立つので、さもなければ靴磨きの仕事は生まれもしないであろう。

だから、自分の仕事は、自分がやっている自分の仕事だと思うのはとんでもないことで、ほんとうは世の中にやらせてもらっている世の中の仕事なのである。

ここに仕事の意義がある。

自分の仕事をああしたい、こうしたいと思うのは、その人に熱意があればこそで、まことに結構なことだが、自分の仕事は世の中の仕事であるということを忘れたら、それはとらわれた野心となり小さな自己満足となる。

仕事がのびるか伸びないかは、世の中がきめてくれる。世の中の求めのままに、自然に自分の仕事を伸ばしてゆけばよい。

謙虚に、そして熱心にやることでもある。世の中の求めに、精いっぱいこたえることである。

おたがいに、自分の仕事の意義を忘れたくないものである。
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額に汗して働く姿は尊い。

額に汗して働く姿は尊い。
だがいつまでも額に汗して働くのは知恵のない話である。
それは東海道を、汽車にも乗らず
やはり昔と同じようにテクテク歩いている姿に等しい。
東海道五十三次も徒歩から駕籠へ、駕籠から汽車へ
そして汽車から飛行機へと、日を追って進みつつある。
それは、日とともに、人の額の汗が少なくなる姿である。
そしてそこに
人間生活の進歩の跡が見られるのではあるまいか。

人より一時間、よけいに働くことは尊い。
努力である。
勤勉である。
だが、いままでよりも一時間少なく働いて
いままで以上の成果をあげることも、また尊い。
そこに
人間の働き方の進歩があるのではなかろうか。

それは創意がなくてはできない。
くふうがなくてはできない。
働くことは尊いが
その働きにくふうがほしいのである。
創意がほしいのである。
額に汗することを讃えるのもいいが
額に汗のない涼しい姿も讃えるべきであろう。

怠けろというのではない。
楽をするくふうをしろというのである。
楽々働いて
なおすばらしい成果があげられる働き方を
おたがいにもっとくふうしたいというのである。
そこから社会の繁栄も生まれてくるであろう。