ソフトバンク創業者・孫正義氏から学ぶ!行動力をつける5つの方法

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孫正義氏はSoftBank(ソフトバンク)の創業者であり、日本でも有数の手腕を持つ実業家です。

そんな彼は常に勝負を仕掛けているというイメージも強いですね。

それは彼が尊敬している坂本龍馬からの影響も多い事でしょう。

では、孫氏から勝負をする事の大切さを学んでいきましょう。

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1.「志高く」という言葉が好き

孫正義氏は「志高く」という言葉が好きだと語っています。この言葉を好きになったきっかけこそが司馬遼太郎の竜馬がゆくという歴史小説でした。

人生というのは一度しかありません。

竜馬はその人生の中で、自分のためだけではなく、人のため世のために非常に奔走した人物です。

それに感嘆した孫氏は、自分も同じように志を高く生きなければと思ったそうです。

この時、孫氏は15歳でした。皆さんが15歳だった頃はどうだったでしょうか。

まだ将来に対しては漠然としたイメージしか持っていなかったのではないでしょうか。

しかし、そんな時に孫氏は既に人生における目標を考えていたのです。

つまり、それだけスタートが早かったという事です。

そして、孫氏が人生の目標にしたのは非常に志高いものです。

世のため人のために生きると決められる15歳がどれだけいるのか、そう考えるとやはり彼の凄さが良くわかりますね。

2.留学は周りから反対された

孫正義氏はまず短期間の語学留学に行っています。

そして、そこで大きな影響を受けました。

やはり日本と海外では何もかもが違います。

日本は常に最先端のテクノロジーを取り扱っています。

しかし、専門的な人間でなければ理解しにくいという問題点もあります。そんな中、当時のアメリカは孫氏の考えを変えるに十分でした。

そして、高校1年の時に当時通っていた高校に退学届を出す事になります。

しかし、これには周囲からの反対が非常に大きかったそうです。

母親は泣きますし、なんと父親は血を吐いて入院したそうです。

反対したのは家族だけではありません。教師も友人もみんなが心配して反対しました。

しかし、人生というのはその時その瞬間だけではありません。学校を卒業してからも何十年も続くのです。

孫氏はその事を考えて、固い意思を持っていたそうです。

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3.アメリカで死に物狂いで勉強した

孫正義氏は留学する際に周りの反対を押し切って単身で渡米しました。

母を泣かせ、父親を入院までさせたのです。

そこまでしたからには絶対に何かを成し遂げる必要があります。そこで、孫氏はまさに死に物狂いになって勉強したそうです。

歩いている時もずっと教科書を手放さず、どんなに病気になっても授業は休みません。

それだけではなく、食事の最中にもずっと教科書を見つめていたそうです。

もし、両目でお皿を見ながら食事をすればどれだけ美味しいのか、そう思う程。それだけずっと教科書と睨めっこしていた事がよくわかります。

しかし、この生活が3週間続いたところで、なんと3年分の勉強をする事になりました。

そこで試験に合格し、なんとほんの数週間で高校を卒業する事になり、そのまま大学に行く事になったのです。

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